同じ年代になって

昭和46年卒 明星(嶋田)佳永

 年月の経つのは早いもので,私達十八期生が卒業して二十二年が過ぎました。私達は,あの頃の先生と同じ年代になり,子供達は,あの頃の私達と同じ年代になろうとしています。本当に時の流れを感じます。
 大学時代は,誰にとっても自由で,いろいろな可能性が信じられる楽しい頃と恩いますが,親元から初めて離れた私にとっては,そうした思いも強く,本当の青春時代だったと思います。そして,その中でも四回生は,いろいろ思い出歩い一年間でした。四回生になって井上先生の物理化学教室に入ることができ,今でもよかったと思っています。この年は,大阪で「万博」が開かれた年で,世間では大変活気のある年でした。しかし大学では紛争のあった年で,卒業式が三月二十七日だったことでもわかるように,私達にとっては慌ただしい年でもありました。秋が過ぎ,学内は一応落ち着いたものの,研究に没頭するでもなく,申し訳ない話ではありますが,卒論の研究テーマが何であったのか,思い出すことができません。よく卒業できたものと思います。それに引き替え思い出すことは,皆で遊んだことばかりです。コンパでは,先生は乱れることなく,楽しくお酒を飲まれていました。また他の教室とのソフトボールの試合に勝って,先生は大変喜んで下さいました。そして何よりも思い山深いのが,南紀への「特研旅行」です。白浜・串本への二拍三日の旅でした。二十年近く開かなかったアルバムを取り出して見ました。皆の懐かしい顔があり,先生に写して頂いた写真もたくさんはってありました。次第にあの時のことが思い出されました。串本の海岸で先生から美しい黒石を頂き,大切に持っていたこともありました。また卒業した夏に,先生と私達特研生は,新和歌浦へ旅行もしました。余程意気投合していたのだと思われます。でもあれから二十二年,仲間たちと会うこともありません。またいつか,みんなで会う機会があればよいのにと思います。
 先生には,退任されてもはつらつと,そして伸び伸びとマイウェイを進んでいただき,私達のいいお手本になってほしいと思います。いつまでもお元気で頑張って下さい。


昭和46年(1971) 南紀白浜・白浜スカイライン平草原頂上にて
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